2011年 07月 02日

『北のテンペ』

7月1日、金曜日。
千葉の姉が札幌の実家に帰省している期間中だったので、丸井今井デパート地下で待ち合わせ。
ベーカリー内のカフェで軽いランチをとりながら、ひとときのお喋り。
母と姉、そして私の、3人で。


大通りに向かう前に、サツエキの「北海道どさんこプラザ」にて、家で留守番をしている父へのお土産を購入。
父の好物のヨーグルトドリンク。それと、餅菓子をいくつか。
店内を歩いていると、ふと目に留まった.....そこには見慣れたシルエットのPOP看板が!
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おおっ!
オホブラさんのマークではありませんか~。
そっか、今はオホーツク特集を開催しているのですねぇ。

これから逢う姉に、と。清月(北見市)の『バウムラスク』を1箱購入。
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壁際の冷蔵ケースの棚に、空知は北竜町の「黒千石」という文字が目に留まり、すかさず手に取ってみる。
『北のテンペ』という商品。
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材料は北竜産だけれど、製造は洞爺の「羊蹄食品まめ屋本店」さんというところ。
テンペ...すっごく前に、ブログに載せたことがあったっけ。
あの時は普通の大豆のテンペだったなぁ。
(※「テンペ」とは...(商品パッケージより引用)500年以上前からインドネシアで食べられている、無塩大豆発酵食品のことです)

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実に、オール黒千石ですね。
味はそのまま大豆味。
調理しても美味しくいただけるそうですが、私はこのまま食べるのが一番好きかなー。


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姉からもらった東京都写真美術館のお土産。
カメラのストラップ。ちっちゃくて可愛い!

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森山大道センセイのマッチ。
やっぱ、昭和にこだわる人間はマッチだよね~。マッチ。
姉ちゃん、有難うっ(^^)/


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3人でテーブルを囲み、パンを食べながら取り留めのないお喋りを。
姉が、ふと「そういえばさ、このあいだ、ミカのブログに石狩金沢駅の写真載ってたよね~」と言う。
「ああ、あれね~。ちっちゃいよねぇ、石狩金沢駅」と私。
インターネットなど無縁の母が「なんで石狩金沢なの?」と、不思議そうに尋ねる。

かくかく云々、と、姉と私で説明。
「あぁ、そうだったのー。石狩金沢に居た頃は、お母さん、暗い思い出ばっかりだよ。時代が時代だったし、ね。」と母が言う。

「一度だけ、3人で行ったよね?私もミカも、まだすっごく小さかった頃に。お母さんに連れられて。あれは何しに行ったんだっけ?」と、姉。

「何しにっていうこともなかったんだけど、お母さんが昔住んでいたところがどんなふうになってるのかなぁって、思ってね。それで行ってみたんだよ。」母が答える。

「あの日の、金沢の町の記憶とかって全然ないんだけれど、ものすごく暑かったことだけ覚えているんだよね」
姉が言う。

そうだ。
ものすごくものすごーく、暑かった。
暑い駅で、母と姉と私は汽車を待っていた。


「あの駅の待合室にさ、楳図かずおの「のろいの館」置いてあったんじゃなかったっけ?」
唐突に、何故かそんなことを思い出した。
不気味なほどに鮮明に、その絵が思い出された。

姉も目を輝かせて反応してくれる。
「そうそう!あの待合室にあったあった!あの後、本買ったんだよね。のろいの館。でも、あんまり怖すぎて、焼いたんだよ。あの本。」

3人で大爆笑。
母は「そんなこと、あったの~??」と。

40年以上も昔の話だ。

暑くて暑くて、ただひたすらに暑かった石狩金沢駅。
ボロボロになって、椅子の上に置き去りにされた漫画本。
汽車が来るまでの間に読んだ、それは子供心にあまりにも強烈な、楳図かずおワールド。

忘れられずに、後日、本屋で探し手に入れたコミックス。
ページを広げた瞬間に、鼻先をくすぐる匂いが何故かその後もずっと、記憶の一かけらとして残りつづけた。

40年以上昔のこと。
それは、既に夢のように遠い記憶。
しかし今なお、姉と私が同様にあの日のあの駅の、逃げ場のない夏の空気を思い出し、「暑かったよねぇ~」と懐かしむ。
確かに、その日は、その時代は、あったのだ。


今年の夏は、どんなだろう。
あの日、石狩金沢駅で親子3人が汽車を待ちながら汗を流していたように、短くも暑い真夏が、もうすぐそこだ。

by Okamekikurin | 2011-07-02 23:55 | 飲む食う | Comments(6)
Commented by ポンママ at 2011-07-04 10:09 x
なんだかほのぼのとした空気が流れたような気がします
母と姉  いいですね
私は母といたらほのぼのしません
でも昔の子と思うと色々と母なりの苦労があったこと
思い出します  必死で昔の人って生きてたよね
そんな時代だったのでしょうか
Commented by michiko at 2011-07-04 11:47 x
おはようさまです・・あっ もう こんにちは~だね^^
幼いころの記憶って 何かのきっかけで映像のように
よみがえることってあるよね。
私は母とゆるやかな時間を過ごせなかったから
ちょっと うらやましいナ。

深川神社の裏手に小川があって、小学生のころ
私を連れて 母は洗濯をしてました。
そのときの母の白い足や 犬ころのように水で遊ぶ私を
映画のように思い出すことがあります。
何もないけれど 幸せな時代でした。
Commented by saba at 2011-07-04 18:44 x
マッチ箱の大きさになっても、森山大道さんの写真はすごいですね〜。かっこいい!!!

親子3人で話す会話がなんだか仲よさそうで羨ましいです。
うちの家族はみんな会話が一方通行なので(母も弟もわたしも)。

汽車にまつわる一番古い思い出は、北見に住んでいた頃、夏休みに遠くから祖母が迎えに来てくれて、遊びに行ったの。多分、幼稚園くらいかなあ。
汽車でゴトゴトゆられておばあちゃんの家へ。
乗り換えも多く、時間もかかるから、汽車の中で退屈してみかん貰って食べたり寝そべったり…。
帰りは父が車で迎えに来てくれてあっという間の2時間半なんですが。
考えてみたら祖母は迎えに行くために倍の時間を汽車に乗らなきゃいけなかったのに…。
そんなことは思いつきもせず。

そんな思い出話も、楳図かずおには勝てないけどね〜^^
Commented by Okamekikurin at 2011-07-05 00:37

★ポンママさん★
週明け、お天気がずいぶんとご機嫌ナナメですねぇ(>_<)
平日で、仕事のない日でなるべく青空の日...を狙って管内のバラ園に行きたいと思っているのですが、なかなかタイミングが~。

認知症の父をひとり家に留守番させることは、そろそろ難しくなってきました。母もたまに外でリラックスしたいと思って出てくるものの、やはりそれはそれで父が心配になるようで、この日も1時間半で限界かなという感じでした。

老いというのはつくづく色々とありますね...
弱音は吐きたくないけれど(こんなのまだ序の口と思ってるし)、これからのことを思うと心細くなりますよ...

それにしても、やっぱ女は喋るの好きですよねぇ(^_^;)
Commented by Okamekikurin at 2011-07-05 00:38

★michikoさん★
ホント、何もなかった時代の方が幸せだったのかもしれませんよね。
生きることだけに一生懸命だった時代。
物はなかったけれど、心は今より豊かだった気がします。

オルノさんに行かれたmichiko師匠のブログ記事を読んで、サラダが食べたくなりました~!次回、オルノさんに連れて行ってもらえるチャンスがあったら、サラダ食べます!
オルノさんは営業日が限られているからなかなか機会はないかな...。なかむらやさんのソフトも食べたいです~♪
Commented by Okamekikurin at 2011-07-05 00:40

★sabaさん★
昔は飲食店などに行くと大抵テーブルやレジのあたりにマッチ箱がどさっと置かれていたものです...今はまずもってそういう光景は見なくなりましたねぇ~。

東京都写真美術館というところは、すごいですよ!
http://www.syabi.com/
姉は報道写真展というのを見に行ってきたのですが、Webでも何枚か(小さいけれど)写真が見れますので是非是非!見てきてくださいませ。衝撃的な写真なのだけれど、とにかく圧倒的パワーです。

楳図かずおの『のろいの館』(=赤ん坊少女)は1967年の作品なのですねぇ。ネットで調べてみてわかりました。歴史だわ~。


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