2012年 04月 09日

35年目の佐藤龍一

「結婚する相手の、弟がね、シンガーソングライターなんだよ」...という話を聞いたのは、昭和51年。
当時の自分は中学2年生だった。
「結婚する」ことになったのは、母の一番下の弟で、つまりは私の叔父にあたる人物だった。
叔父、といっても母とはかなり年齢の開きがあり、故に叔父と私は12歳しか離れていなかった。


義理の叔母になる人の弟=「シンガーソングライターのその人」のLPレコードが発売されている、という情報を得た私は、当時住んでいた手稲の、駅前商店街のレコード屋さんにすっ飛んで行った。
「もし売っていたら、買っておいで」と、確か母がレコード代を握らせてくれた記憶がある。
LPレコードは果たして、その店に2枚売っていた。

『あわせ鏡』というアルバムタイトル。今は懐かしきエレックレコードからの発売だった。ジャケット写真はモノクロームな色調で、「これから親戚になる」であろう、その男性は、瞳が見えない真っ黒なサングラスをかけて写っていた。「とても痩せている人なんだな」それが『佐藤龍一』の第一印象。

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自宅に戻り、早速レコードに針を落とした。
伴奏は、アコースティックなギターの音のみ。
「佐藤龍一」は、切なげに、苦しげに、ときにやさしく語りかけるようにあるいは突き放すように、歌っていた。

虜になった。すぐさま。
ものすごく、強烈に。
朝な夕な、聴いた。
学校に殆ど行かなかった当時の自分は、レコードプレーヤーの置いてある部屋にこもって、ひたすらひたすら「佐藤龍一」を聴き続けた。

「親戚関係」になったはずの佐藤龍一...だったけれど、しかし残念ながら一度も会う機会には恵まれなかった。

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エレックレコードが世から消え、佐藤龍一のその後は、叔父の口から、義叔母の口から、年に一度程度か、あるいは何年かに一度か、とにかく本当に「たまに」聞くだけとなった。
ある時は滞在場所として驚愕の異国の地名を聞き、ある時はにわかには信じがたい職種の名前を聞き、それでも私の中に佐藤龍一の歌声が枯れることはなかった。



何度も死にぞこなってなお滑稽な姿を私は世にさらし、みっともなく生き続け、結婚して離婚してまた結婚して、瞬く間に月日は流れた。
10年も20年も30年も、それは案外と早いものだった。

世はさまざまな意味で変わりゆき、アナログレコードは殆ど目の前から姿を消し、毎日毎日飽くことなく聴きつづけた音楽がいつのまにか遠い扉の向こうへと離れて行った。いや、離れて行ったのは自分なのだろう。そうしなければ、ならない時期だったのか。あるいはただ、繰り返される日々の、繰り返されるシゴトだとかアソビだとかに心身のエネルギーを吸い取られていただけのことだったのか。


「龍一さんのライブを、札幌でやることになった」
叔父からの電話で知らされた。
平成23年、秋だった。

さとうりゅういち。
ネット世界に親しむようになってから、その名称を幾たびか検索していた。
彼の携わっていた最近のいくつかの仕事を知り得た。
そして、再び歌い始めた、ということを。
32年ぶりにCDを出した、ということも叔父の口から聞いた。


昭和51年発売の、佐藤龍一のLPレコード『あわせ鏡』。
リストカットし続けた、クスリを飲み続けた日々に聴いた彼の歌。
佐藤龍一は、あの頃の歌を歌ってくれるのだろうか。
そして私自身が、その歌を聴いたならばどんな思いになるのだろうか。
何も、何ひとつ、予測ができなかった。
それでも「とにかく、ライブに行こう!」と、それだけは強く思って当日を待った。



深まる秋の冷たい雨が、強い風を伴って降る夜だった。

レコードジャケットに写っていた、スレンダーな彼、若い彼、を、ライブ会場に見ることはなかった。
しかし、「佐藤龍一」がそこにいた。目の前に居た。
昭和27年生まれの、五十代の後半を生きる佐藤龍一が確かにいた。

『あわせ鏡』...いや、あのアルバムの中の曲を1曲も歌うことはなかったライブだったけれど、丸みを帯びた声は重ねたとしつきの、人生の、深さが溢れていた。
そして、ビブラートの心地よい響きに、昭和51年の佐藤龍一が重なった。

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「佐藤龍一」を知った13歳は、
そうして
48歳の秋の夜に、
はじめて
「佐藤龍一」に逢ったのだった。








※『竜とかおる』1974年のアルバム。

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by Okamekikurin | 2012-04-09 22:27 | オンガク | Comments(6)
Commented by ぴこぴ at 2012-04-10 06:43 x
スマホに変えたおかげで
動画を見る事ができました。
昔の歌は聞かれなかったけど
彼の人生の一部が垣間見れる歌ではないか?と感じましたがどうでしょう。

菊りんさんの人生もいろいろあったけど
彼の人生もいろいろあったんですね。
誰しも大なり小なり、
だから今ここにいると、、、、
Commented by kei at 2012-04-10 10:08 x
いい声ですね。
アコースティックでの弾き語りって好きです。

Commented by チョッパー at 2012-04-10 14:30 x
アーティストの人って年を重ねてもカッコよさはかわらないですねー。
カッコイイ・・・
Commented by Okamekikurin at 2012-04-10 21:53

★ぴこぴさん★
スマホ、慣れましたかー(^^♪
そういえば、パソコンで動画を再生すると音が出ない、と前におっしゃっていましたっけね。パソコンよりはちょいと画面は小さいけれど、スマホは実に賢いツールですよねぇ。

記事に貼ったYouTubeの『ちぎれそうな声で』という曲は、私が中学生の時に買った『あわせ鏡』というレコードに収録されていた曲の一つなんですよ~。去年の札幌ライブでは歌わなかったのですが、今年になってから別な場所でのライブで歌っていた時のものがアップされておりました。

私、最近のヒット曲などはぜーんぜん頭に入ってこないというのに、当時覚えた曲はいまだに歌詞カードなど見なくても全部歌えてしまいます(笑)

龍一さんは現在私のマイミクさんでもあり(笑)、まぁ便利な時代というか、当時の自分が夢にも思わなかったツールが今は日常の中にあるんですよねぇ。

Commented by Okamekikurin at 2012-04-10 21:53

★keiさん★
その昔のLPレコードの頃の声は今よりも線が細い感じでした。
男性は年齢を重ねると「渋さ」が増すから羨ましい...女性はねぇ.....(^_^;)

実はこのライブ以降、私もまたアナログレコードを車庫から引っ張り出してきて、部屋で聴いております。ノイズがなかなか味わい深いです(笑)

Commented by Okamekikurin at 2012-04-10 21:54

★チョッパーさん★
継続は力なり、というか、歌い続けるっていうのはやっぱり素敵ですよね~。

義叔母のところに届いていた葉書を見せてもらったことがあって...確かインドから届いたものだったかな。文面の一番最後に「愛してます」と一言書かれていました。
自分の姉に「愛してます」とさりげに言えるってすごーーーーっ!!!
...と、ティーンエイジャだった自分は素直に憧れたものです。ハイ(笑)



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