2012年 07月 24日
実家の庭の草取りを終えて帰り際のこと。玄関前の小路の二軒分ほど離れた辺りに、女性の運転する車が停まった。 見送りのために門前に立っていた母が「あら?あの車、Y子ちゃんだよ」と言う。 Y子ちゃん.....あまりに懐かしいその響きに、一瞬目まいがしそうになった。 運転席の女性「Y子ちゃん」の表情が、笑顔に変わるのがガラス越しにうかがえた。 それから運転席のドアが開き、Y子ちゃんが満面の笑みを浮かべて降りてきた。 Y子ちゃん、何年ぶりだろう。 同じ町内にやはり実家がある彼女と一緒に遊んだのは...40年以上前であろうか。 私がここに住んでいたのは小学校3年生が終わるまでのことだったから。 転勤先の北見から札幌に戻り、両親が再び祖父母とここで同居するための二世帯住宅に建て替えて住む頃には、私は家を出ていたのだった。 それでも、Y子ちゃんの顔には当時の面影がしっかりとあった。 黒目がちのくりんとした瞳。すっきりと整った鼻筋。昔と変わらず、美人顔のままだ。 「ミカちゃん?」と笑う彼女は、今年二十歳だという息子さんと一緒だった。 もう、何を話してよいのかもわからないくらいに、彼女と私の姉と、私、が共に遊んだ時代なんて遠すぎたし、当時どんな遊びをしていたのかも、今となっちゃ殆ど思い出せない。 思い出そうとすると、かすかな記憶は自分のそれではないような、途切れ途切れのひどくあいまいなものだった。 遠い記憶は全てが夢の中のようだ。 長い長い、夢を見ているかのようだ。 ...いやもしかしたら、今の「この時」も、「人生」というのはみんな夢の中のことなのかもしれない。 「元気でいたの~?」 「うん、まぁまぁってところ?」 そんな感じの軽い会話をいくつか交わした後、Y子ちゃんがいくぶん声を落として言った。 「ミカちゃんのお父さん、大変だね...」 少し離れたところに、父は立っていた。 夫と笑顔で話している。 果たしてそれは妄想の話なのか、筋が通った話なのか、どちらでもあり、どちらでもない、「不思議の国の話」をしているのか。夫は義理の関係だからこそ、出来るのかもしれない笑顔で父のエンドレスに繰り返される話に相槌を打ってくれていた。 ...お父さん、大変だね.... そう、おそらくこの近所では「あそこのご主人は変わってしまったよね」的な話は充分いきわたっているのだろう。 いや、いきわたっていてくれないと、「何か」のときにご近所さまのお世話になるやもしれぬし、恥ずかしいなどとは言っていられないのだ。 生きるということは、死へ向かうことなのだよなぁ。 当たり前のことなのだが、わかりすぎたことなのだが、草取りをしていると唐突にそんなことを考え始めてしまう。 活き活きと生い茂る雑草を、むしると、むせ返りそうな夏の匂いがする。 Y子ちゃんと遊んだ昔々も、夏の匂いを全身で感じていたはず。ゲーム機なんてない、子供らは毎日まいにち外で、身体をフルに使って土まみれで遊んでいたのだ。 あの頃の自分にとって「死」は宇宙より遠くて、ずっとずっとみんなが生きていける気がした。 草取りをする私の背後から、父が何度も何度も言う。 「そこにね、お金を埋めていたはずなんだけど」 父流の冗談なのか、認知症が引き起こす妄想なのか、娘の私にすら判断がつかない。 「あら、そうなんだー。もし見つけたら、お父さんには言わないで黙って持ち帰っとくから」 と、返事をする。 何分もしないうちに再び父は 「そこにね、お金を埋めていたはずなんだよ」 たぶん、私が草取りをしている間中、この言葉が繰り返されるのだろうな。 父の頭の中には今おそらく「娘がお金を盗りにきた」ストーリーで満たされているのだろう。 実家の庭先に、紫陽花の花が水彩絵の具のようにやわらかな色をたたえていた。 みずいろの花の隣には、薄いピンクの花。反対側には、深い海底のような藍の紫陽花が咲いていた。 「紫陽花って不思議ですよね、隣り合わせなのに、色が全然違う」 夫が、そんな話を父にしている。 「遺伝子、ですよ、それは。」 この、たった一言だけ聞くならば、父の言葉は昔のそれとなんにも変っていない。 ...遺伝子、かぁ。 父の遺伝子を引き継ぐ私の身体、私の思考、私の... ...そうだ、もしかしたらあの庭には、家が建つほどの大金が埋められているのかもしれない...。 (※画像は国見峠(深川市)にて、平成24年7月21日撮影)
by Okamekikurin
| 2012-07-24 22:43
| ツブヤキ
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Comments(10)
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iMacLupin at 2012-07-24 23:59
私も母と父の遺伝子を受け継ぐものとして、予定より早くその時期
はやってくるのかもしれません。今夜、会社帰りに梅田によって、 桑田佳祐の「I Love You -now forever-」買っちゃいました。とい うか、ヨドバシカメラのポイントで交換?しちゃいました。 facebookでも書いたのですが、DISK2の「月光の聖者達」はグッと きます。 外を出歩くと蒸し暑さと熱で、熱中症症状が出るので最近は会社 でもデスクワークが多いです。そちらも北海道としては暑い日が 続いている様子。沢山水分補給して下さいね!
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のどかな風景 初夏の紫陽花
妄想と現実・・・生と死 表裏一体 むせかえる土の匂いと老いか~ 私も菊りんも人類の皆が・・・ 昨日は地蔵盆でしたね~ http://www.youtube.com/watch?v=CfSJj427f1s&feature=BFa&list=PLA5B22320FF4A9CDB&index=12
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R子
at 2012-07-25 13:50
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ぴこぴ
at 2012-07-25 20:14
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歳を重ねて生きる事は 難儀なものです。
どんな生き方をするか、と意気込んで考えても そう思い通りには行かないし。。 何をしたから 良い人生だったとも言えない。 結局 最後の最後、自分にしか分からない事なんだろうな・・と思います。 御家族が お父様へさり気なく寄り添っている姿が 目に浮かびます。 ここまでくるのも大変だったでしょうね・・ 何より 家族が病気に対する覚悟をしなければならないですから。 わたしは 自分の父にも母にも寄り添う事が出来なかった、、 どんな訳があろうと 親不孝者です。 菊りんさんは 立派に孝行されてますね^^
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Okamekikurin at 2012-07-25 21:19
★iMacLupinさん★ そちらはすごい蒸し暑さのようですねぇ。 今夜のニュースでも取り上げていましたよぉ。 今日は昼間の大通公園を歩きました...今、ビアガーデンやっているんですね。忘れてましたワ。 さすがに昼間はガラガラでした(笑) 両親がいて、だから自分がこの世に生まれたわけなのだけれど...「感謝」は大前提といえども色んなことありますよね。 iMacLupinさんもしんどいでしょう... 音楽は、日常の中に、疲れた心に、潤いをもたらしてくれますね。 桑田さんの復活は、私も本当にうれしいです(^.^)
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Okamekikurin at 2012-07-25 21:20
★寅刈りさん★ そういえば「寅刈り」という表現、すっごく久しぶりに目にしました(笑) 昔はよく使ったものですが。 今日は石井竜也...と思いきや、チェン・ミンも参加されていましたか。 あまりに美しい音色、思わず涙が出てきちゃいました。うるうる。 人生って、、、 長くて短くて、はかなくて尊い。 いや、単に肉体を借りているだけのことで、魂は永遠なのでしょうか。 「この世」に居る間には、誰にもその答えを知ることは出来ないのでしょうかねぇ。
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Okamekikurin at 2012-07-25 21:21
★R子さん★ 認知症の症状の中でも「盗られ妄想」は多いと聞きますね...。 我が親がまさかそうなるとは思いもしなかったのですが。 心というか脳のメカニズムというのは不思議です。 現実を受け入れなくてはならないけれど、悲しいものですね。 ところで本日、爪句を5冊まとめ買いしましたよ(笑)
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Okamekikurin at 2012-07-25 21:22
★ぴこぴさん★ こんな表現はちょいとヤバいかもですが(笑)、何につけ「いつかは終わるもの」と自分に言い聞かせることも多々、です。 自分自身も1日1日死へ近づいているわけですし、永遠の命はないから仕方ありませんよネ(^_^;) ぴこぴさんのお優しい心は、日記を拝見していて常々感じていますよ。 息子さんへのまなざし、猫ちゃんたちへのまなざし。 そうそう、お写真からも伝わってきます! ぴこぴさんの撮られる風景写真、花や街フォトの1枚1枚からも、ネ(^_-)
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R子
at 2012-07-26 06:44
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札駅方面で買いおき?買占め?されたのでしょうか( ̄ー ̄?)
今回の表紙は、目を引きますねぇ~♪♪♪
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Okamekikurin at 2012-07-26 20:30
★R子さん★ おそらく空知方面の書店には入荷していないだろうなと予想していましたので、サツエキ横のKノ國屋さんで買い求めましたよー。 その足で、取材させていただいたお店に1冊届けてまいりました(^^)v 途中、大通公園のビアガーデンに、吸い寄せられそうになりました(笑) 今日も蒸し暑かったけれど、明日はさらに暑くなるそうで...全裸でお出かけしたいよー(ヲイ) R子さんはどんなファッションで過ごされているのかな~。 |
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