2013年 03月 20日

三月二十日、水曜日


実家に着いて父に会った時にさりげなく投げかける父への質問を、
あらかじめ1つだけは用意していく。

「これにちゃんと答えが返ってくるのかなぁ。そろそろ、無理かな。」
自宅で出かける準備をしながら、父の受け答えを漠然と想像する。


煮豆用の豆を、空知管内の道の駅あたりで買ってきてほしい、と。
先日母から頼まれていたので。
深川、それと美瑛で数種類の豆を購入しておいた。

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「お父さん、あと1週間で誕生日だったよね?
今日はさ、お祝いにお豆を持ってきたよ。お母さんに煮てもらってね。
そういえばお父さん、誕生日がきたら幾つになるんだっけ?」
...今、思いついたかのように見せかけて、父に尋ねてみる。

父の目が、宙を泳ぐ。
ああ、そうか...
やはり『年齢』は、父にとってはもう厳しかったか。

「最近、そういうことが、さっぱりわからないんだよねぇ~。」
父がよわよわしく笑いながら、こたえる。
「ななじゅう、はち、だったかなぁ...」張りのないトーンで、父が言う。

傍らから母が、私に告げる...
「何度言って聞かせても、どういうわけだか「ななじゅうはち」で止まってるようなんだよねぇ。」 
....なるほど、そうだったのか。


年齢のことは曖昧に流して、私は持参したノートパソコンを鞄から取り出した。
先日作った、姪っ子の結婚式の時のムービーを、両親に見せるためだ。
「準備できるまでに5分くらいかかるから、ちょっと待っててね。」
と、延長コードにつないだパソコンを起動する。

新しいものが自分のテリトリーに加わることに不安を覚えるらしい父は、
すぐさまこわばった表情になる。
「それは、なぁに?」「なにをするものなの?」父が尋ねてくる。

おそらく父は、昨年末に自分の孫が嫁いだことも記憶にとどめてはいないだろうし、
今から見せるムービーにしても、それが終わった直後には記憶からこぼれていくのだろう。
そんなことはわかっていたけれど、母には孫の晴れ姿を見てもらいたかったし。

15分足らずのものだけれど、途中に何度もおそらくは父が
「今流しているのは何なの?写っているのは誰?」と聞いてくるであろうことを予測して、
A4サイズの用紙に特大フォントでムービーの説明を箇条書きにしたものを印刷しておいた。

両親に、パソコンの前で並んで座ってもらった。
父には説明を書いた用紙を手渡す。
それから、ムービーをスタートさせた。

案の定、今の父にはもう理解できないようだった。
理解できないながらも、ムービーを黙って観ていてくれるものと思っていたのだが、
そうではなかった。
父の気持を支配していたのは、
目の前に置かれた薄い物体...映画のように画面が変わる、不思議な物体。
それが何であるのかと、誰のものなのか、何故ここにあるのか、と
そればかりをエンドレスに繰り返し、尋ねつづけてきた。


「お父さん、あと3分くらいでこれ終わるから、Nちゃんの姿を、喋らないで見ていてくれるかな。」
母にせめても、少しだけ集中して見ていてもらいたくて。
父にそう頼んでみるも、
もうそういうやり取りが「瞬間」のものでしかないという現実を思い知ることにしかならなかった。


しかし、父を怒るわけにもいかない。
あっけなく、15分足らずのムービーは終わる。
結婚式エピソード、を語るタイミングなどもうなかった。
父の興味は、そこにはまるでないことをただただ感じた15分。

心を動かさないようにと、自分に言い聞かせてパソコンを閉じた。

記憶というのは、不思議なものだな。
いやむしろ、記憶し続けていられる、っていう事の方が脅威なのかもしれない。
脳のしくみって、なんだか大変なものなのだな。
自分のために、そう言い聞かせた。


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奥の部屋から紙袋を持ってきた母が言う。
「この間のエンディングノート、やっぱりミカが言っていたとおり、大きいのをお母さんが使うから。
あとの2冊、この袋に入ってるから。」

「あ、やっぱりそうだったっしょ。私もあの大きいのが一番いいと思っていたんだよ。
じゃあ2冊は我々夫婦が使うから、持って帰るね。」

「うん、そうしてね。そういえば佐藤水産の鮭と鯖、冷凍してあるけど要るかい?」

「ああ。助かるわ~。お弁当に使うから、もらっていくね。」


母とそんな会話をしながら同時進行で、片方の耳には、
父がしきりに私の夫に話しかけるその内容をざっと落としこんでおく。

「今日は、何曜日だったかな?」
「お2人は自宅から、来たのかな?」
「あちらの雪は、どれくらい?」
「途中は順調でしたか?」
概ねいつものパターンである。これを延々と、延々と、延々と、繰り返す。
それに対して、いちいち、初めて聞かれたかのように答えを返してくれる夫に(申し訳ないな)と思う。


そうしていずれこういう質問も、父は出来なくなるのだろうな。
そうしていずれ自分も、父と同じ状況になるのかもしれないな。


まぁ、そのときは、そのときだよな...。



3月20日、春分の日。

きょうも、雪。 ひたすらの、雪。

by Okamekikurin | 2013-03-20 23:55 | ツブヤキ | Comments(10)
Commented by at 2013-03-21 19:53 x
優しいご主人と菊りんさん。


涙が出てきます。

うちの父もななじゅうはちです。


幸い、まだ自分の歳は言えるみたいですが、そろそろ私も心の準備をしなくてはと。


エンディングノートも。
Commented by Okamekikurin at 2013-03-21 21:46

★蛍さん★
コメントを書きづらい記事だったと思うのですが、本当に有難うございます...蛍さん。
認知症にしろ、どんな病気であっても。自ら望んでそうなってしまう人はいませんよね。
生まれた以上は、いつか死があって。
生まれることも死ぬことも、それは「自然」なことなんですよね...
わかっているけれど、わかっているつもりでも、感情があるということは色んな思いが交錯します...

反省ばかりの日々です。
「優しく」と思ってはいても、いざ向き合うとなかなかそうなれません。
肩の力は抜きながら、でも人としての厚みを身につけていきたいものです。
Commented by sarasunanikki-yk at 2013-03-22 09:42
始めまして。震災の後亡くなった父の事を 思い出しました。そしてもっと もっと 側に居てあげればよかったと・・。
実は 大正時代の珈琲カップで 検索して お邪魔しました。2年ほど前の記事ですね。私は今日 そのカップの記事をアップしたところなのです。静かに流れる文章に okamekikurinさんの 素敵な日常が伺えます^^
 
Commented at 2013-03-22 16:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Okamekikurin at 2013-03-22 22:43

★sarasunanikki-ykさん★
sarasunanikki-ykさん、はじめまして(^^♪
拙ブログへのコメントを、有難うございます!!!
このちっぽけなブログへ、よくぞたどり着いていただけたものです...そうでしたか、あの珈琲茶碗でしたかぁ。私もあの器を手にしたときはまさにヒトメボレ状態でした。この時代に見ても充分すぎるほどのインパクトですから、当時はどれだけモダンで斬新だったことでしょう。

お父様への温かなお心は、きっと空の上のお父様のもとへ届いているのではないでしょうか。
...傍に居る時って、「近い」という安心感もあってなかなか優しく接することができなかったりしますよね...
反省、自己嫌悪、それらの思いが胸の中で渦巻いていて、次こそは...と思いつつも、いさ向きあうとなかなか実行にうつせない自分です(;O;)

Commented by Okamekikurin at 2013-03-22 22:43

★鍵コメさま★
誰しもが望んでそうなっていくわけではないと、頭ではわかっていても。
向き合うとなかなか優しく接することができず、あとで自己嫌悪に陥ってばかりです。

私がかかっているメンタルクリニックのドクターから、この後の予測、というか概ねの起こりうる可能性のある諸々を聞いてはいるのですが。
身内ゆえの動揺とか、ココロの揺らぎというのがないと言ったらうそになります。

これからどれくらい続くのかも、わからないことなので。
無理をしないというスタンスが一番なのかな、とも考えております。

Commented by tora at 2013-03-23 06:59 x
私を気にかけてくれている工場の社長さん(友人)のおやじさんも認知症です
工場を借りて作業が終わり二人でお茶をしている時に

今日さ~おやじがさ~ま~た妄想が始まってさ~とか
どうしたら良いのかな~なんて話を、良く聞きます

昨日は、俺、なになにさんにさ~云われた
もっとやさしくしてやれよって
本人は状況が解ってないから
周りがじゃけんにするのが理解できないんだからさって・・・・

何もしないでいると状況が悪くなるので簡単な作業はしてもらいながら
一日中、付かず離れず・・・

菊りんと一緒で、社長も自己嫌悪を振り返りながら日々を過ごしています

これからどれくらい続くのかも、わからないことなので。
無理をしないというスタンスが一番ってのは、同じ認識のようです

昨夜も間借りして作業が終わり立ち話をしていると、おやじさんが来て

おいっ!もう止めよっ!あんまり遅い時間までやると体に堪える!

社長は、ま~た始まった~昔はそんな事、云わなかったのに

なんて言ってましたが、今思うと、子を思うやさしさが
おやじさんの心の中で増幅して、発した言葉だったのかもしれません

http://www.youtube.com/watch?v=VsZl2LJQawQ


Commented by Okamekikurin at 2013-03-23 22:42

★toraさん★
なにせ高齢化社会...これからますます認知症というフシギな世界へ所属されていかれる方が増えるのでしょうねぇ。
以前、認知症に関するセミナーを受講した際に、講師をされていた方が「一人の認知症は一人の病人をつくる」という表現をしていたことがとても印象的でした。
本人が誰より辛いのは勿論でしょうけれど、身近で支える家族という位置づけにいらっしゃる方のしんどさというのは言葉では言い尽くせないでしょう...

私の両親の場合も、母はそろそろ限界かもしれないなぁ...と、今年に入ってからは秒読み段階的になりそうな予感と共に暮らしております。
どんな状況下でも笑顔で向き合えたらなぁと、日ごろそれを強く思っているのですけれどねぇ(^_^;) なかなか父親本人を目の前にしていると思いが続かなくていつもトホホの嵐ですよぅ。
Commented by 林花 at 2013-03-24 00:42 x
父も78歳です。母は76歳。時々「あれ?」と思うこともありますが、まだ娘(私)の世話を焼いてくれているうちはありがたく受け取っています。
あとどのくらい一緒に暮らせるだろうと考えると、この時間も大切にしたいと考えますが、実際に親が認知症になった時にちゃんと向き合えるか不安にも思う昨今です。

Commented by Okamekikurin at 2013-03-24 09:32

★林花さん★
認知症になるのは「死への恐怖をやわらげるため」という説もあるのだそうですが、確かにそれも一理ありそうだなとは思うのですけれど。本人にとってそれは有難きことであっても認知症というのはとにかく「周り」を巻き込むという点が悩みの種でもありますね...。

なりたくて病気になる人は殆どいないだろうとは思っていても、認知症がもたらす「妄想」やひたすらの「繰り返し」あるいはこの先に起こりうる多々多々、多々、と向き合う立場というのはハンパじゃないエネルギーを必要とするのだなぁと実感します。

父は父、あくまでも、父。今も昔も、父。
自分に言い聞かせるのですが、昔とはあまりにも変わってしまった諸々に悲しくならないといったら大嘘です...

忌野清志郎さんがかつて「先のことなんて考えすぎないほうがいい。せいぜい1週間先のことまででいい。」というようなことをおっしゃっていたのを、テレビで観たことがあります。今も実は、何かあるたびに私はこの言葉を心の中で繰り返しています。

それにしても、自分も、他人の名前とか思い出せなくなってきたなぁ~~~(汗)



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