2013年 11月 04日

霜月


紅と黄色の落ち葉が幾重にも積る構内の歩道で、ふんどし姿の学生さんが行きかう人々にチラシを配っている。
「寮祭やってまーす! 寄っていってください~!」と、元気よく叫びながら。
無駄な肉がどこにもない、見事に締まったお尻につい、視線がいってしまう。
人生で、一番充実している時代なのだろうか...お尻のラインの美しさとそれが合致しているわけでは、決してないだろうけれど。

恵迪寮。
Y先生と父も、昔昔にその部屋で長い夜に語り合い、酒を酌み交わしていたのだろう。
医学部と農学部、志す方向こそ違えど、未来への思いは熱かったであろう。


文化の日の、振替休日は。まるでお祭りのような、人、人、人...。
ものすごい人の多さに圧倒されて思わず気後れしそうになりつつ、銀杏並木をポプラ並木を、J子さんの路案内にくっついて歩きながら。自分がまだこの世に存在してはいない、父の青春時代のことを想像してみる。

それにしてもここには、一眼レフの大きなカメラをぶら下げたシニア世代のなんと多い事か。
若者は、ケータイのカメラをかざしている姿が圧倒的。
オートで撮るならば、デジイチよりもむしろスマホの方が綺麗に撮れるのかもしれないな...この並木は。
そんなことを、ぼんやりと思う。
カメラも持ってきたけれど、この並木を撮る技術もセンスも自分には皆無だ。



J子さんがご自身の腕時計で時間を確かめている。
その姿を見ながら、ふと思う。
...告別式は、終わった時間だろうか。
Y先生は、穏やかに荼毘に付されただろうか。



ミュージアムのこぢんまりとした売店で、2014年の卓上カレンダーが目に留まる。
カレンダーの表紙は、この大学のシンボルマークにもなっているエンレイソウの写真。
来年も、父が父としていてくれますように...と願いながら、卓上カレンダーをレジ担当の学生さんに差し出す。
父がこのカレンダーを手にした時に、断片的にでも、昔の記憶を語ってくれたら。
...そう、願わずにはいられなかった。
無理だよな...と、しかしその後に押し寄せる、つい二日前の実家でのリアルな会話...同じ質問を延々と繰り返す父の声...がよみがえり、胃袋がギュギュっとねじられるような感覚をおぼえた。
いや、たとえこの先どうなってしまっても。父は、私の父なのだ。




文化の日、の早朝。
朝刊の下位置、黒い枠に囲まれた欄が並ぶその中に。
Y先生のお名前があった。

もうずいぶん前から大きな病気と闘っていらっしゃることは、母から聞いていた。
...そうだったか...
Y先生、お疲れさまでした...そして本当に本当に、有難うございました。



先日、定山渓に向かうバスの中から、懐かしい病院の看板を一瞬、目にした。
私がY先生の病院にお世話になっていた十代の頃は、先生も勿論お若かった。
「死にたくなったら、まずいな、と思ったら、いつでもおいで。開放病棟でも閉鎖病棟でも、どちらでも。ミカコさんが選んでいいから。」
そのお言葉に甘えて、私は「やばいな」と感じたら自分で荷物を鞄に詰めて、入院させてもらっていた。一度二度ではなかったのだが、Y先生は私のワガママな行動に決して嫌なお顔もされずに必ず受け入れてくれたものだった。
自殺なんかしなくたって、いつか必ず人は死ぬのだ、死ぬしかないのだ...しかしあの頃の私には、悲しいかなそれはわからなかった。
ヘビースモーカーだった当時、「職員たちからは当然色々言われているけどね。」と苦笑いしながら、病棟の廊下の椅子で喫煙する十代の私をY先生は 見て見ないふりをしてくれた。
ぎょろりとした鋭い目はまるで爬虫類のようだったけれど、向き合って笑う時の瞳は温かくて穏やかで、とても深かった。


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絵鞆町の展望台から望む水平線の彼方に間もなく沈む太陽は、悲しみも喜びも悩みも、何もかもをも連れて行ってくれそうだった。
このマチで暮らしていたという父の中学時代には、まだ父はY先生と知り合っていなかったのだなぁ。
かつて、父から聞いていた昔話のかすかな「点」を、頼りない「線」にしてみる。


あと少しで、Y先生のお通夜がはじまる時刻だ。
11月3日の太陽が、水平線のあちら側へと消えていく。
やわらかな薄赤色の空は、やがて紫に、そうして藍の闇に包まれていく。
晩秋の風は、日没を過ぎるとやはり容赦なくつめたい。
鼻水をすすりながら、駐車場の車にとぼとぼと戻る。

自宅の留守番電話が転送されて、ケータイに送られてきていた。
暗証番号を押して、留守録を聞く。
母の声が、公衆電話横の、南郷通りの雑音と共に耳に入ってきた。
「今日の新聞のお悔みにね、Y先生の名前が...。お父さんがお通夜に行くっていったらお母さんも一緒にって思ったんだけどね。やっぱりもうワカンナイみたいだから...あきらめるよ、お母さんも。ミカがとてもお世話になったから、ほんとは行きたかったけどねぇ。」


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いのちは、死んだら何処へ行く。
何度考えても、私には答えなど探せない。

いつか、わかる日が来るのか。
死んで初めて、それはわかるのか。


それすらわからないけれど、死に向かって生きるしかない。
何処までも美しい紅葉を、落陽を、これから幾度見て。


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(※平成25年11月3日撮影)

by Okamekikurin | 2013-11-04 23:55 | ツブヤキ | Comments(8)
Commented at 2013-11-05 20:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by Okamekikurin at 2013-11-05 22:29

★鍵コメさま★
ありがとうございます、鍵コメさま。
色々な思いが駆け巡ります。
拓郎の歌じゃないけれど、今日までそして明日から、という感じ..でしょうか。

こちらは週の後半からいよいよ雪マークです。
やっぱり少し、寂しいかな...

Commented by hitomi at 2013-11-09 19:35 x
おじゃましていいですか・・・・
大事な方。と お別れされたのですね。
・・・・ブログ読ませて頂き、いつもいろいろと
考えさせられること。多いです。

Commented by Okamekikurin at 2013-11-09 21:46

★hitomiさん★
人生、逢うが別れのはじめなり...なのでしょうけれど。
やはり、お別れのときというのはさびしいものですよね。
人だけじゃなく、例えば「今日という日」とも別れなきゃいけないのですから...

だからやっぱり、「とき」を大切に過ごしていきたいな、と思ったりします。
肩肘はらずに、ゆるぅく、ですけれどね(笑)

Commented by hitomi at 2013-11-11 22:39 x
はい。「とき」を・・・・。ですね。   ん・・む・・反省すべきてん、たくさん
ありそうですが。  そうか、今のこの・とき。今日。とも お別れ・・
確かにー。ですね。

Y先生と お父さま、同じ寮で 生活されていたんですね。
お若い頃のお二人は、きっと これからの夢や、楽しいことや、
そうじゃないことなどなど 男の話。していたんでしょうね。
大切ですよね。その年代・年代での学生時代って・・・

(なんか変な表現ですかね・・・(・。・;  )
Commented by Okamekikurin at 2013-11-11 23:49

★hitomiさん★
hitomiさん、有難うございます~(^^)/

まだ父が認知症になる前に、私が実家に行った時に大学時代の写真を見せてくれたことがありました。先日、寮祭のチラシを配っていたふんどし姿の学生さんと同じ、遠い昔の父の姿もそれはそれはスレンダーで。かまやつひろしの「我が良き友よ」という歌がかつてヒットしましたけれど、まさにあの歌詞のように「下駄」でしたね~。

楽しくても、シアワセでも、逆にどんなに辛くても悲しくても、今はすぎて行くだけ。
人生って長いようで結構早いのかな、なんて最近そんなふうに感じます(笑)

Commented by hitomi at 2013-11-15 20:00 x
父親の若い頃(の写真・・にしか、会えないけど)って、なーんか 不思議だし 面白いですよね~。 
だいたい、そう! 引き締まった体で、顏はやっぱり、本人で、でもなんとなく、今よりは、初々しくてー。 子供の私にしてみると、ぷっ。って笑ってしまうような・・・写真。 そんなに枚数は、ないけれど、貴重なものでありますね。
kikurin様のお父様~下駄で、スレンダーで、ふんどし&「我が良き友よ」・・・・。ですかぁー。ちょっと想像してしまいますねー。
いい感じです!!
いろんな意味で、応援したくなる、当時の 下駄のお父様と
今現在の お父様。    !(^^)!
Commented by Okamekikurin at 2013-11-16 00:06

★hitomiさん★
父の青春時代、世の中にはまだコンビニなんてものも存在しなかったし、学生さん達はいつもハングリーだったのでしょう。
父や叔父から、学生時代に空腹のあまりお墓の供物や農家さんの野菜を失敬してきた話などを何度か聞いたものです。
現在の自分より若い親の写真って、不思議な気持ちになりますよね(^_^;)

今日は夫の実家に居りましたが、両親の話題はもっぱら「誰々さんがボケた、誰々さんが入院した、膝が痛い尿漏れが云々...」などなど身体と病気にまつわることばかり。でも、切ないことも悩みも含めて笑顔で話せることに感謝だなと思ったりしておりました。



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