ぜんまい仕掛け

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2015年 06月 25日

時のレール


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叔母の余命が、「あとひと月くらい」と
ドクターから話があったことを聞かされる


ひと月。


数字、というのは、リアルで容赦なくて逃げ場がなくて、怖い
「あと少し」「あとわずか」と言われるよりも
迫りくる「とき」を実感せざるをえない

しかし数字で捉えなくてはならぬ、その必要性もわかる
わかってはいるが、だけど怖い
凍るような、怖さだ



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明日、事故に巻き込まれて死ぬかもしれない自分だって
でも、明日死ぬことは、とりあえずナイだろうと思ってしまう


新聞の、お悔み欄を まいあさ見る
そこにいつか、自分の名前が載ることを想像する

自分の名前が載った日も
世の中はいつもとなんら変わることなく

テレビでバラエティ番組が

街中に行き交う人々
駅に
地下街に
飲み屋街に



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死を、思わぬ日はない

死は
とても身近であり
それでいてとてつもなく遠く


生きることも
死ぬことも
自分には いまだ不思議

ただ、不思議








by Okamekikurin | 2015-06-25 23:55 | ツブヤキ | Comments(4)
Commented by ベチ at 2015-06-26 21:09 x
ガラス越しの現実。
みおくるもの、のこされるもの達が納得しようとする時間、・・・あと、ひと月。
いっぱい語りかけてくださいね。時のレールに乗れるよう
Commented by Okamekikurin at 2015-06-27 04:50
★ベチさん★
ありがとうございます<m(__)m>
永遠の命はないし、限りある人生なのだけれど、死への心構えってなかなかムツカシイものですね...。
病と闘うことも、見守る立場も、受容、諦め、覚悟、ひとつひとつが試練です...
出来ることを出来る範囲でやるしか術がなく、常に迷いもついてくるもので...

余命告知をされるお医者様も、お仕事とはいえ大変だろうなぁと、ふとそんなことも考えてしまいます。
何げなく、普通に朝の珈琲を淹れていたりする日常にも感謝です、ネ。
Commented by suzu at 2015-06-29 23:15 x
同じようなことを思いながら生活しています。
身内にその時が迫っていて。
自分がこの世からいなくなることもいつも想像し、
次の日の朝も普通に新聞が配達されるのだろうと
何ら変わらないのだろうと。
でもその変わらない日々こそが平穏であることこそが幸せなのかなと思います。
自分が生きた時代は地球のほんの一部だなぁって。
なんか伝わらなかったらゴメンなさい。
Commented by Okamekikurin at 2015-06-30 08:49
★suzuさん★
人間は、死んだらどうなるのだろう。
このことに絶対的な答えは見つからないと、わかりつつも、
ふとした瞬間にやはり考えてしまいます(^_^;)
おくりびと、も、いつかは おくられびと、にならなくてはならず。
何をしてもしなくても、1日は1年は平等にすぎるわけですが
でも小さな1日は大きな1日でもあり。
生きている時間は大切に過ごしたい...シンプルな思いに行きつきます、いつも(笑)

コメントも書きづらい記事だったかと思いますが、有難うございます!<m(__)m>




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