ぜんまい仕掛け

pakeokame.exblog.jp
ブログトップ
2016年 06月 22日

会うは別れの始めか(※北海道新聞記事より)


(※北海道新聞 2016年5月4日朝刊より転載させていただきます※)


『いのちのメッセージ』方波見 康雄
― 会うは別れの始めか ―



川中洋三さん(仮名)が、3月23日に亡くなった。
83歳、肺がんだった。
ご遺族の話では、本人の希望する会うべき人に
すべて会っての最後だったという。
彼は、私の幼なじみ。
いつも洋ちゃんと呼んでいたので、この愛称を使うことにしよう。


亡くなる前に洋ちゃんが一番喜んだのは、
2人のお孫さんが東京からお見舞いで奈井江を訪れたことだった。
東京に住む、息子さんと娘さんのお子さんだが、
そろって高校に合格したという。
3月初めに、その吉報を受けたとき、洋ちゃんは涙ぐんで喜んだそうだ。
死去は、お孫さんたちと会った2日後。
彼にとっては、人生最後の最高の贈り物となったことだろう。

葬儀をすべて終えた後、奥さまが、1冊のA4サイズのノートを見せてくださった。
洋ちゃんの病床日誌である。
2月21日に始まり、お孫さんたちの合格の知らせを受けた3月4日で終わっている。
日記というよりは断片録みたいなものだが、その中にこういう書き込みがあった。

2月29日(月)方波見若医来診。痛み止め。
3月1日(火)方波見老医来院 30分くらい話す。痛み無し。
若医とは、当院院長である私の息子のこと。老医は、私。
3月1日の夕刻に、奈井江町立国保病院3階の開放型共同利用病床で
療養中の洋ちゃんを訪ねたのだ。
開放型病床は開設して20年ほど、町内の開業医が、
自分の入院患者さんを回診や診療する仕組みになっている。

彼の病状はすでに進行しており、不意の訪問は避け、事前に看護師に伝えておいた。
そのせいだろう、ベッドの上にあぐらをかいて座っていた彼は、
いつものくせの腕組みをして、私の顔を見るや、にやりと相好をくずし、
「先生も元気そうじゃないか。いや、元気じゃないと困る。
おれのお医者さんだからな」と言った。
看護師の話では「大先生は、まだか」と何回も口にしていたそうだ。

看護師が気を利かして席を外すと、すぐに彼は私にたずねた。
「これから、おれはどうなる。どうしたらいい」
「そうだな」と私は言い、彼の目を真っすぐに見つめ、言葉を続けた。
「洋ちゃんね、そろそろ肚(はら)をくくろうか。肚を据えたほうが、よさそうだよ」
「そうか、肚か。よしわかった。そうするか。やっぱり先生は、おれのお医者さんだ。
若先生もいつも心配して、いつも回診してくれる。ありがたいよ」。
こう洋ちゃんは答えた。

この数日後に彼は、担当看護師にこう声をかけたそうだ。
「おれの頭には、がんが移っているから、乱暴な言葉を吐いたよな。ごめんな、看護師さん」。
病状を知り尽くしていたスタッフの中には、涙ぐんだ者もいたそうだ。
奥さまのお話では、納棺された彼の顔は、きれいなお花に囲まれ、
まるで生きているみたいで穏やかだったという。


花の翳(かげ)
すべて逢(あ)ふべく
逢ひし人

(藺草 慶子(いぐさ けいこ)句集「桜翳(おうえい)」)



人生とは、出会いである。
その出会いは、偶然のように思えるが、実はどこかで、
いつかは、会うように運命づけられている。
だが、会うのは別れの始めでもある。
人なつこくて世話好きな洋ちゃんが、私と会った後に、友人に会うように努めたのは、
この俳句に詠まれているような心境になったからだろう。

北海道にも、桜咲く季節が訪れた。
札幌の開花期間は、平均わずか4日。
桜の花に逢うとは、別れの定めを持つ人生の出会いと同じなのだ。
散る桜を惜しむようにして、いま生きている、その一日を惜しみたい。

(かたばみ・やすお=方波見医院医師、空知管内奈井江町)


e0235910_22532989.jpg




e0235910_22534163.jpg




e0235910_22535057.jpg




e0235910_22540073.jpg




e0235910_22540906.jpg




e0235910_22541890.jpg




e0235910_22542753.jpg




e0235910_22543784.jpg




e0235910_22544774.jpg




e0235910_22545664.jpg




e0235910_22550667.jpg




e0235910_22551537.jpg




e0235910_22553042.jpg




e0235910_22554160.jpg

(※平成28年5月上旬 室蘭・伊達市内にて撮影)







by Okamekikurin | 2016-06-22 23:02 | ツブヤキ | Comments(2)
Commented by ベチ at 2016-06-23 21:11 x
父は心の底から逢いたかった人は居たのだろうか。そして会えたのだろうか。
その九年後に母は急逝(心タンポナーデ)、いろんな思いも、未来も、一瞬で立ち消えたんだろうなぁ。
子が授からない両親は病院内の施設に居た自分を連れて帰ってくれました。それが務めのように。
受けた多くの恩をひとつも返してなかったなー。

子猫を飼えない年齢になったと気付いた時、人生、残り多くはないのだな~ってw。
さあ、ムム、寝るか~(H7年生まれの老猫w)。毎晩右横でイビキかいたり寝言言いながら眠ってますーw。

Commented by Okamekikurin at 2016-06-23 21:34
★ベチさん★
命には限りがあって、終わりがあって、生まれ変わりがあるのかどうかはよくわかりませんが...
いずれにしても「自分の人生」というのは案外早く過ぎていくものなのだなぁと
最近とみにそれを感じて暮らしております(^-^;

私も親への恩返しなんてこれっぽっちも...ですが
会話できる時間があとどれくらいなのかなぁと思うと
ひとつひとつを大切にしなくちゃ...と自分に言い聞かせるのですが、いかんせん長続きしません(/_;)
ニャンコちゃんの眠る姿は、ココロ落ち着かせてくれますよね。
寝言を言うときには、どんな夢を見ているのでしょうね(*^^*)



<< 個室にて      Saturday afternoon >>