ぜんまい仕掛け

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2018年 04月 09日

午前5時2分の炊飯器


なにごとかと、思った。


自分のすぐ後ろで、炊飯器の蓋がいきなり「がぱっ!」と開いた
...誰も手を触れていないのに。



咄嗟に、腕時計の時間を


早朝、5時2分のこと。


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夫が出勤する(通常の)朝は、私は4時半に起きて
先ずは弁当のおかずを作る...揚げたり、焼いたり、炒めたり。
それに要する時間が概ね40分程度、そして1時間くらい冷まして
その後、弁当箱に詰める。

ちなみに炊飯が終わるのが、5時10分。


ゆえに、炊飯器の蓋が「がぱっ!」と開いた5時2分は
まだ炊きあがる少し前だ。



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...ま、単純にこれは「炊飯器の蓋の閉まりが浅かった」
という物理的な理由から起こった現象なのだろうけれど


しかし自分ひとりだけがこそこそと動いているひっそりした台所で
いきなり蓋が開くと これはやっぱりかなり驚くことでもあった。



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早朝、弁当を作っている時間、というのは
最近は大抵父の事を考えている。

グループホームに現在は居る父だけれど、何かとトラブルを起こしたりで
職員さんからしばしば電話連絡をいただいている。
数日前もちょっと色々あり、また近日中に話を聞きに行かなくてはならない。
そんな日々なものだから、どうしても頭から離れず
起床と共に父の事を考え始めてしまう。


考え過ぎがもたらす、それは自分がつくり出す〈思い過ごし〉かもだが
早朝のその時間帯に「父の気配」を部屋の中に感じることもしばしばある。

におい、であったり、シルエットであったり、まぁ色々なのだが
親子だから仕方ないかぁと、そう自分に言い聞かせるしかない。



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ともあれ その後、炊飯器は5時10分に、いつもと変わらぬ
「炊けたよぉ」を知らせるメロディーが流れて普通に炊き上がっていた。



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いわゆる、あの世から、ではなく
お互いが生きているこの世、に於いても
ヒトが知りえる知識や経験の説明から外れる何かが見え隠れする
そんなことがあったって、いいんじゃないかな


いや、気づかぬ(気づけぬ)だけで、いっぱいあるのかもしれないし。





by Okamekikurin | 2018-04-09 16:39 | ツブヤキ | Comments(4)
Commented by ポンママ at 2018-04-09 18:00 x
それはびっくりしたことでしょねー。
早起きなんですね@@私の20分で作るお弁当とはちがうんだろな^^;虫の知らせ・・とかそれってあるといいなって思います。認知の母とはコミュニケーションもとれず・・何を聞いても答えはなく。なにか伝わる手段はないものか、と思ったり。なんでもいい、何かあったら私に伝えてっておもうんだよねー。
Commented by ibakasumi60 at 2018-04-09 20:47
4時半に起きてお弁当作りですか。
ご主人様幸せですね。
今朝の炊飯器の蓋には驚いたでしょうね。
時にはこんな悪戯もあるのかな?(笑)
お父様の事も気がかりですよね。
私の4人の親も既に亡く今は懐かしく思い出しますがどんな
状態でも生きていて欲しかったと思うのです。
主人に関しては思いはそれ以上でいくらお金が掛っても帰れるものなら帰して欲しいと。
説明がつかない現実もあるということでしょうね。
どうぞお父様お大事に!
ゴメン 私何を書いているんだかめちゃくちゃだわ(笑)
Commented by Okamekikurin at 2018-04-10 06:10
★ポンママさん★
お弁当作り...誰に褒められるわけでもなく、毎日ひたすらに地味な作業ですよね。
ポンママさんのブログにたまに登場する「お弁当特集」記事、とても楽しみにしています。
おそらく主婦の皆さん、他の方たちが作るお弁当を励みにしたり参考にしたり
そうして頑張る(継続する)気力ももらえる気がするのです♪

認知症というのはつくづく不思議な病気だなぁって思います。
色んなアドバイス、新聞記事やWebページ、見聞きしながら心を保とうとしていますが
綺麗ごとだけじゃすまないことが多すぎます。
父が壊れる⇒自分も壊れる、そんな図式に支配されそうで恐くなることも。
いつか、そんな日も終わるのでしょうけれど。
感謝したり猛省したり、自分の感情の波もコントロールが大変(笑)
Commented by Okamekikurin at 2018-04-10 06:11
★ibakasumiさん★
温かコメント、有難うございます(#^.^#)
己れの器の小ささに自己嫌悪の日々ですが、乗り越えられない試練はないと
言い聞かせながら、まだまだこれから、とも思っています。

父の認知症はちょっと独特でして、今、父がお世話になっているホームの
ベテランスタッフさんですら「こういうケースは初めてです」とおっしゃる程。
ホームからの電話が来るたび、今度は何をやらかしたのかと心臓がバクバクします。

もう、普通の会話も成り立たないけれど、向かい合ってお菓子を食べている時にふと
一瞬だけでも元通りにならないものか...と願ってしまうしょうもない自分。
それでもきっと、神さまがくれた「必要な時」なのでしょう。
ストレス発散的なブログ記事、読んでいただき恐縮・感謝ですっm(__)m


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